奇跡の一日

薄日さえ射した当日の空



早朝3時、目覚めて真っ先に窓の外を見ると、何と、
昨日までの大雨が嘘の様に上がっていました。
慌ててごんぞう氏を起こし、フロントで朝食のお弁当を
受け取り、部屋で食べている内に外の道路では
スタート会場へと向かう選手たちがバスに乗り込んでいるのが見え、
いよいよだなと出場しない私までドキドキしてきました。


午前4時30分、私達もレンタカーで富江港へ出発です。
到着するともう既に他の選手たちは自分のバイクのメンテナンスに
余念がありません。ごんぞう氏も昨日作った補給食を「弁当箱」と
呼ばれるバイク用のバッグに入れたり、スポーツドリンクを
ボトルに入れたりと、準備をしました。そして試泳時間が近づき、
ごんぞう氏はウエットスーツを着て海へ。寒くないかと心配でしたが、
私達応援者は会場には入れないので入り口で待っていました。と、
隣にいた、ご主人の応援と思われる奥様がいきなり話しかけてきました。
何でもそのご夫婦は熊本から来たそうで、昨年はこの大会大雨で
ご主人は足が攣ってしまい、無念のリタイアだったそうです。
楽しく話しているうちにスタート時間となり、私はごんぞう氏が
無事にスイムを終えられるように祈りながら待ちました。
この大会は宮古島とは違い、1周回終えると一度陸に上がって
折り返すので、そろそろかと思われる時間、私は一生懸命目を凝らして
ごんぞう氏を探しましたが見つからず。焦り始めたその時、何と
彼の方が岸壁にいる私を見つけて手を振ってくれました。
ホッとしてトランジットの方へ向かい、ごんぞう氏が無事にスイムを
終えてバイクで走り出したのを見届けてから、レンタカーに乗り込み
ホテルへ戻ろうと思ったのですが・・大変な事になってしまいました。


車を止めておいた空地には、まだ沢山の他の車が止まっていました。
そんな中、ホテルへの道へ出ようとしたのですが・・通行止め。
あ、そうか、バイクの選手が通り過ぎるまではここは通れないのか、と
回り道を探そうとあちこち車を走らせましたが・・どこもかしこも
通行止めです。何とか通れる道はないかと闇雲に走り回っている内に
とんでもない狭い道に入り込み、もう絶対に戻る事は不可能だと
絶望的な気分になった時、前に車が2台連なって止まっているのを
見ました。後ろの車のナンバーは「わ」、つまり私と同じレンタカーです。
その先の道はやはり通行止めになっていて、その車はどう見ても私と同じ
運命をたどったようです。来た道は一方通行かと思うほどの狭い道、
Uターンして戻る事は不可能、そもそもUターンする回避スペースすら
全くありません。私はすっかり諦め、エンジンを止めて車から降りました。
そして道の前で話をしていた立ち往生しているレンタカーの持ち主らしき
ご夫婦に話しかけてみました。「やっぱりここもダメですか」
すると地図を見ていたご主人が「そうなんですよ。あちこち行ってみたけど
ここで動けなくなっちゃって」「あらー」「困っちゃいましたねえ」
「ま、選手が全員通り過ぎるまでは待つしかなさそうですね」という
結論に達し、私たちは話をしながら待ちました。と、私の車の後ろに
車が止まりました。ナンバーは「わ」。そして中から私くらいの歳の
女性が下りてきて、話に合流。最初のご夫婦は静岡から息子さんの
応援にやってきた方たちで、偶然にも私達と宿泊しているホテルが一緒との事。
あとから来た女性はご主人の応援に北海道から来たとの事でした。
退屈で仕方ないはずの時間も、この3人のおかげで楽しく過ごせ、
やっと最終のバイクの選手が通り過ぎたらしく通行止めは解除。
何とかホテルに帰り着くことが出来ました。


ホテルの部屋で少し休憩してから、バイク→ランへのトランジットエリアへ
向かいました。そこでは沢山の人が応援に駆け付けていて、何とその中に
先程会ったご夫婦が。「奥さん」と話しかけると「あら!」と気さくに応じてくれ、
そこでもごんぞう氏を待ちながら楽しく話が出来ました。
そしてそのHさんご夫婦の息子さん、しばらくしてごんぞう氏が無事にバイクを終え
トランジットエリアに到着したのを見届け、私はHさんたちと別れ、ホテルに
一旦戻りました。ランは一周約14キロの周回コースを3周回するもので、
先程Hさんのご主人から教えて貰った「絶好の応援ポイント」に
行ってみる事にしました。すると・・そこでもHさんご夫婦と会え
(当たり前ですかね)、楽しくごんぞう氏を待つことが出来ました。
その応援ポイントは、短い時間内で行き過ぎる選手を3回も
見る事が出来る、本当に素晴らしい場所で、Hさんに教えて貰わなかったら
知る事は出来ませんでした。感謝、感謝です。最終周回に入ったごんぞう氏を
見届けたのち、ホテルに戻って夕食のお弁当を受け取り、部屋で少し休憩した後、
ゴール地点へ向かいました。


昨年、宮古島で同伴ゴールを初めて体験し、今回も許されるなら
やりたいと思っていました。と、事前の説明ではOKとの事だったので、
早速設けられている「同伴ゴール希望者待機場所」へ行ってみました。
そこでは選手と自分の名前、同伴ゴールする選手のゼッケン番号を書く紙があり、
私も他の人に交じって書いておきました。これはスタッフさんが無線で
連絡を取り合って該当選手がゴールに近付くと「ゼッケン○○○番の××さん、
もうじき来ますよ」と教えてくれるのです。
これはなかなかありがたいシステムですね。
名前を書いて安心してふと見ると、またしてもHさんの奥様が。
さっきランの応援をしている時に「奥さんはダンナさんと同伴ゴールとかするの?」と
聞かれたので「ええ、するつもりです。奥さんもご主人と息子さんと3人で
ゴールするんですよね?」と聞き返すと「まさかあ。息子が嫌がるから
やらないやらない」と言っていたので、やらないのかなと思っていたのですが、
同伴ゴールの待機場所にいるって事は・・と「もしかして、息子さんと
同伴ゴールするんですか?」と聞いてみました。「私はやりたくないんだけど、
あの人が勝手に名前書いちゃって」「いいじゃないですか。息子さんもきっと
喜ぶと思いますよ」なかなか感動的じゃないかと私は思ったのですが・・。
ところで、気になるのはゴール時間です。先程最終周回に入る時
ごんぞう氏に声を掛けてみたところ「もう結構一杯一杯」と言っていたので、
「こりゃあだいぶバテてるな・・」と思い、計算の結果、ゴールには
午後8時前後に辿り着ければ・・と思っていました。それで呑気に奥様と
話していたのですが、突然「ゼッケン○○○番のごんぞうさんの同伴の方!」と
ごんぞう氏の名前が呼ばれ、びっくりして「ハイ!」と手を挙げると
「もうすぐ来ますよ」との事。時計を見ると7時30分。思ってたよりも
かなり早い! そして程なくしてごんぞう氏が現れました。あまり疲れた様子もなく、
宮古島の時と同じように私の手を取り、2人でゴールへ向かって走りました。
ゴールゲートではよくエリート選手が優勝の時にやっているように
2人してゴールテープを持ち上げ、コースに向き直ってお辞儀をしました。
とにかく出てきた言葉は「凄い凄い! 速かったね!」でした。
ごんぞう氏によると「結構一杯一杯」の後、エアーサロンパスをかけたら少し
脚が回復したそうで、ペースを上げる事が出来たらしいのです。
記録は12時間36分。
時間内に完走出来れば御の字と思っていたので、この記録は本当に嬉しかったです。


ゴール後は今日一日お世話になったHさん親子の感動のゴールを見届けようと
待っていたのですが、ゴールゲートをくぐったのは息子さんとご主人だけでした。
慌ててご主人に「あれ?奥さんはどうしたんですか?」と聞くと
「いや、置いてかれちゃって」だそうで。待機場所で話をしていた時に
奥さんがポツリと「実はね、私ちょっと前までフルマラソンやってたの」と
言ったので私は思わず奥さんの顔を凝視してしまいました。
「でも、事故に遭って怪我をして、脚を傷めてそれ以来走れなくなっちゃって」
「だったら尚更、息子さんと同伴ゴールすべきですよ」「うーん、ちょっとね、
夢だったの。息子と一緒に走るのが・・」そんな会話を交わしていたので、
是非とも息子さんには奥さんと同伴ゴールして欲しかったですが、彼は
1人で参加しているわけではなく、チームでの参加で、沢山のチームメイトが
見守る中、ご両親との同伴ゴールは照れ臭かったのでしょうね。
この後、この日の夜のホテルの大浴場で奥さんと、次の日の朝食の
バイキング会場でご夫婦にお会いする事になったのですが、
本当にこの旅ではHさんご夫妻と逢う事が出来てよかったです。


ごんぞう氏がゴールして、2人でホテルに戻り、ごんぞう氏が
トランジットエリアから自転車を持って帰ってきた頃、
ポツポツと雨が降り出しました。
今日一日何とか雨が降らずにいてくれて本当によかった。
そしてごんぞう氏が予想を上回るタイムで完走出来た事がこの上なく嬉しいです。